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少年野球に想う・・・・

小学校の近くに住んでいるせいか、部屋にいると様々な音が入ってくる。


無論、平日は小学校に子ども達が集まってくる前に出勤するのだから休日のことだ。


その主なものは、グラウンドで休日の度に行われている小学生の野球チームの練習の音だ。


毎週、土曜・日曜と休みなく練習は繰り返される。


練習試合に出かけるときなどはまだ暗いうちからざわついている。


大勢の保護者、そして何人ものコーチに見守られ、それなりの練習会場を与えられ、子ども達は練習に励んでいる。


それこそ、この前までよちよち歩きをしていたような子までもがだぶだぶのユニフォームでがんばっている。


休みの朝からざわざわというのは若干うるさいなあと言うのはあるが子ども達の健全のためだ。


これは我慢しておこう。



ただ気になることが一つある。


そこまで野球をしなければならないかと言うことだ。


確かに野球の技術を極め、後々の活躍につなげるためには、より早く、練習を始め、キチンとしたコーチに見てもらうのが最上かも知れない。


けれども、それが子ども達にとって最上のコースなのだろうか。


私たちが小さい頃と言えば、自分たちで野球の出来る広場を見つけ、確保し、相互に教えあいながら、或いはプロ野球選手のまねをしながら野球を身につけてきた。


メンバーが足りなければ自分たちで人を集め、人数に合わせたルールを考え、野球を楽しんだものだ。


もちろん、保護者がそれを見守るようなことはありえなかった。


それどころか、野球ばかりしている私たちにストップをかけることもしばしばだった。


やりにくい環境の中で、工夫し野球を楽しみ技術を身につけた。


子どもながらに色々気を遣い、工夫したものだ。


無駄が多かったように思う。


効率的ではなかった。


けれども、長島だって王だって、そんな環境の中で野球を身につけてきたはずだ。


こんなふうにスポーツの技術に関しても前倒しが始まってきているので、中学校からクラブにはいるのではもう使い物にならないという競技も出てきているという。


それが、その競技にとっても、子ども達にとってもプラスに働いているとは思えないのだがいかがであろうか。

続 手を合わす

一つのネタで、何回も何回も記事を書いてしまう。

読者の方に飽きられはしないかと心配だ。

ということで、今日も「手を合わす」

とある知人が若い人たちの前で言っていた。

神でも仏でも何でもいい。手を合わせてご覧なさい。本当の自分がみえてくるから・・・・と。

そのとき、なるほどなあと素直に頷けた。

あまり素直でない私が、素直に頷くのは珍しいことだ。

それだけ、その言葉に共感できるものが私の内側にあったのだろう。

手を合わす機会が増えたのは、そんなふうにして自分を見つめる時間が欲しいと思っているからなのだろう。

仏壇の前、お社の前、手を合わすと自然にそんな気持ちになる。

神様や仏様がどうだということではなく、手を合わせるという行為がそうさせるのだろう。

ところで、東アジアの仏教国の人々が挨拶の代わりに手を合わせる。

とても美しく見える。

 

手をあわす

いつもの通り職場に向かう途中、信号待ちの時だった。

東を見るとそこには三輪山。

まだ太陽は姿を見せてはいない。

その背後の空は、薄赤く染まり、上空には赤紫の雲がたなびいていた。

清浄な光景であった。

私はやや身体の向きを変え思わず手を合わせていた。

今日に限らず、手を合わせることが多くなってきた。

いつの頃からか、朝は仏壇に向かい手を合わすことが日課となっている。

もちろん、食事の前、そしてその後。

けっして信心深いわけではない。

自然に両の手が胸の前でくっついてしまうのだ。

年のせいなのだろうか。

若い頃はこうはいかなかった。

手を合わすと言うことが自分にとってどのような意味を持つかわからない。

けれども、そうしないではいられない自分がそこにいる。

私にはわからない。

ちょっと古い記事ではあるが・・・・

今もその思いは変わらない。

たとえば、どこかの小学校で、あるクラスの担任の先生が生き物係の当番について2人一組で順番に回そうと発案したとする。

その先生はクラスの子ども達にその案を提示し、みんなで話し合うように持ちかけた。

ところが、多くの子ども達がその案には反対だった。

なかなかうまくまとまりそうもない。

先生は業を煮やして、「先生の意見に反対の子には、これからいろんなことで協力できないよ。」といった。

・・・・それならば、なぜ話し合いを持ちかけたんだと言うことになりはしないかと思うのだが、同じ事が日本で2番目に大きい自治体の長のお方はよくそのような言い方をする。

なんのための議会なのか、民主主義とはなんなのか、その方が理解していないとは思えないのだが・・・・

どう考えても、小学校の担任と知事とではその権限も月とすっぽんなわけだが、その分だけ、その権限の行使についての発言は慎重さをが求められるであろう。

言うことを聞かなければ、えらい目に遭うよ、という脅しをこの知事さんはこれまでもしばしばちらつかせてきた。

そのことが、その自治体の中では看過されてきている状況が私には理解できない。

彼がそのような手法が繰り返されるのは、その自治体の中で彼がそれなりの支持を受けているからこそのことだ。

私にはそれがわからない。

 

本当の学力って・・・

学習塾が進学のための学力習得のノウハウを蓄積していることは周知のことだろう。


それが目的の施設なのであるから、子ども・・・そして親たちはその結果を求める。


より早く成績の向上を求める。


塾はそれに答えなければ客が離れるわけだから、必死でそれに応えようとする。


結果として生き残って行く学習塾はそのノウハウを確立して行く。


となると今度は少子化で生徒の減少を恐れる私立の学校が、生徒の獲得のためにはあとを追わざるを得ない。


私学の塾化が始まる。


それが今の状況ではないかと思う。


少しでも家計に余裕のある家庭は、そのノウハウを求め私立に我が子を通わせようとする。


公立の学校も手をこまねいているわけは行かない。


結果はどうなるか。


自明である。


そのことが、子ども達にどのような影響を及ぼすか。


何も教え下手が良いと言っているのではない。


けれども、立ち止まり、寄り道して学力をものにして行くチャンスが失われた子ども達が将来、壁にぶち当たったとき・・・・


誰も助け導いてくれるようなノウハウは持ってはいない。


大人になってにっちもさっちも行かない年齢になって、はじめて立ち止まること、寄り道することを経験するハメになるのである。

魚の移動速度

先日ラジオで魚の移動速度について話していた。

細かい測定方法は別として結果だけを書く。

1位、バショウカジキ 110km
2位、マカジキ     80km
3位、クロマグロ    70km



?位、ニシン       6km



?位、カレイ       1km

正しい結果かどうかは知らない。なんでもアメリカで行われたそうだ。

しかし、この結果には明らかに不平等がある。

なぜなら、上位を占める魚はいずれも成長すれば1mを越える巨大魚。

それに比べて、ニシンは・・・・

ということで、じゃあ身体の長さに比例させた場合どの魚がもっとも素早く移動できるのか。

私が以前読んだ本では、ハゼと言うことになっていた。

ハゼは1秒間に己の体調の27倍の距離を移動できるという。だいぶ以前の話だから真偽のほどは、ご自分で確かめて頂きたい。

ただ、この計算を、今実際に計算機で行ってみた。
27×60×60だ。

そしてハゼの平均的な大きさのものが体長15cmとすると、これを1mに引き延ばそうとするなら、6,6をかける。

するとハゼの移動速度は時速600kmを遙かに越える。

まあ、もっともハゼは一度に1秒以上移動なんてしないから、時速で考えるには無理がある。

テレビで手向山神社を紹介していた。

あまり知られてはいない神社ではあるが、紅葉の名所らしいからきっと今頃は見事だろう。。

何でもその昔、菅原道真公が、その紅葉を見るために訪れ

この度は 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

という百人一首で詠んだ、あの手向山だ。

ということは1000年の昔から、この場所は紅葉で有名であったことになる。

画面で見る限りは紅葉と言うよりは黄葉と言った方がよい色合いだった。

この歌を遡ること200年前の万葉集に紅葉ではなく黄葉と書いて「もみじ」と詠ませていたのも肯われる。

写真などがあれば良いのだが、私自身もここを訪れたのは、20数年前でいかんともしがたい。

その場所も、たしか東大寺の裏手あたりだったかな・・・程度の記憶しかない。

もういくつ寝ると・・・

12月が近付いてきた。

これと言って何か良いことはないのだけれども、お正月が近付くとそわそわするのは私が幼いせいであろうと思う。

子どもの頃の何か楽しげな記憶がどこかに残っているのである。

親戚の子ども達がたくさんやってきて一緒に遊ぶ。

お年玉がもらえる。

滅多に食べられないようなご馳走が食べられる。

そんな記憶が・・・・

今はそんな楽しみは・・・

まあ、ご馳走・・・ぐらいか・・・

といっても、この時代、子どもの頃に比べれば、日頃の食生活も豊かなものになった。

正月だからと言って取り立てて・・・と言うほどではなくなった。

けれども・・・・

何となく世が一斉にうきうきしたようなお正月の雰囲気が好きだ・・・

さて・・・

・・・・・・もういくつ寝ると・・・・・・

夢の中の恩師

久しぶりに、恩師が私の夢の中にお出ましなった。


夢の中のことゆえ、その恩師とどのような会話を交わしたか記憶は定かではない。


最後の講義がどうのこうのと言うことであったような気がする。


そう言えば恩師は私の10才上。


私が今年49だから、師は59才という事になる。


となると、現在大阪で公立大学の教授をしている師は、来年度定年退職の年を迎えることになる。


私が大学の2年生の時、大学院を出たての師は気鋭の学者として私の在籍する学校に赴任していらっしゃった。


おだやかな、上品な方だった。


夢の中の師は、変わらず穏やかな語り口であった。


さて、その師が私たちに常々語ってくれていたことの中に特に印象に残っている二つのお言葉がある。


一つ目。


古代の文学を学んでいた私たちの夢想の中に、もしタイムマシーンがあって、例えば柿本人麻呂に直接その作歌について聞くことが出来たらと思うときがあった。


そんな夢想を友人と語り合っていると師は「そんなことが出来たらいいですね・・・・でも、私は私が調べた上で知る得たことを、タイムマシーンを使って出会えた柿本人麻呂の言葉より大切にしたいと思います。」と教えてくれた。


もし、タイムマシーンというものが実在して、本当に古代の歌人達に出会うことが出来たとしても、彼等が本当のことを語ってくれるかどうか、どこにも保証はない。


それならば、知り得たことは僅かであっても自分で確証を以て調べ上げた事の方が信用できるのだと言うことであろう。


師は、若い私たちの夢想につきあってくださった上、そのように教えてくださった。


そして二つ目。


「たくさん勉強して10を知ることが出来たのなら、そのうち書けるのは1か2だけです。」


知っていることは1か2だけなのにそれを20にも30にも膨らませて、「大和逍遙」を書いている私には耳の痛い言葉である。


そんな私を気に病んで、師は私の夢に現れてくださったのだろうか。

なまこの味

この季節になるといくつか気になり出す食べ物がある。そのうちの一つが、子どものころ食べられなかったのに、今では好物になっている物に「なまこ」だ。。

海辺の町に育ったゆえ、子どもの時分の我が家の食卓にはよく「なまこ」が出された。

どうにもダメだった。

まず、見た目。

これまたあのグチャグチャドロドロとした感じがどうにも受け入れることが出来なかった。

あんなものを喜んで口に入れている他の家族の気持ちが理解できなかった。

それと、その味付け。

ポン酢等というしゃれた代物は当時の我が町ではとんと見かけたことがなかった。

だから、牡蠣と同じように上から醤油と味の素と酢をかけまわして食べていた。

今でも私は酢が苦手だ。

これで好きになれと云うのはどだい無理な話だ。

それが、大学を出たか、出ないかのころ万葉集の学会が松山であり、それに参加した私は温泉宿に泊まるほどの余裕もなかったので市内のビジネスホテルに宿を取った。

その夕飯。

近くにある料理屋に出かけた私は、1200円ほどの定食を頼んだ。

夕飯でもあるし、今ならさほど驚くような値段でもなかったが、当時、食堂で1000円を越えるような食事をしたことがなかった私にしてはかなりの奮発だった。

そして、真っ先に出たのがなまこであった。

ポン酢で味が付けられてあり、紅葉おろしがあしらってあった。

「ギョエ~」と思った私だが、1200円もの大枚を払っての食事のひとつ。

仇やおろそかに出来なかった。

おそるおそる、口に運んでみる。

「ん、いける・・・」

これも酒と云えば家で飲むことの多かった私だが、思わず・・・

「熱いの・・・一本」

以降、「なまこ」は私の好物となった。

関西では柔らかい「赤なまこ」が上等とされ好まれているが、私は「青なまこ」が好きだ。

あの堅さが何とも云えない。

しかし・・・・ひとつ難点がある。

・・・・子どものころあまり熱心に歯を磨く習慣の無かった私は・・

・・・奥歯が4本ほどない・・・・・

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